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takeの感想文マガジン

映画・ドラマ・アニメ・読書・の感想・レビューを綴るブログです

ベートーベンウイルス

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今まで見た韓国ドラマ2位タイの作品です。

主軸は師匠と弟子ものです。

昔からよくあるパターンの話ですが僕はこの手の話大好きです

特に、落ち目の師匠が才能あふれる弟子に追い抜かれるときの哀愁がたまりません

映画ではアルパチーノとジョンキューザックが師弟を演じた「訣別の街」

日本のドラマでは田村正和木村拓哉が建築家の師弟を演じた「協奏曲」

などが思い出されます。どれも大好きな作品です。

 

!導入部だけ少々ネタばれあり!

 

本作品は指揮者の師弟ものです

世界的指揮者のカンマエは自己中で横暴な振る舞いが災いし業界を干され

素人寄せ集めポンコツオーケストラの指揮者になります

素人寄せ集めポンコツオーケストラでもカンマエは自分の音楽に対する信念を妥協せず

団員たちに辛辣な罵声を浴びせ、総スカンをくらいます。

もともと警官だったグンちゃん扮するカンゴヌは路上でトランペットを吹いていただけの素人。数合わせで仕方なく入団。しかし絶対音感の持ち主である事が発覚。指揮者としてカンマエに師事する事となるのですが、団員たちは次第に横暴なカンマエよりも温厚なのカンゴヌに信頼を寄せるようになり・・・・・

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グンちゃんファンの方には申し訳ありませんが僕はこのドラマでは断然カンマエ派です。

どんなに周囲から背を向けられ、孤立しようとも自分の信念を貫く姿に心震えます

僕も頑固で変わり者、空気読めない奴と言われがちなタイプです。

それでも中途半端に妥協し、信念はブレにブレて生きてきたところがあります

人は人と共生していくうえで時に自分の信念を押し殺さねばならない時があるものです

自分の信念ばかり主張せず周りの空気を読んで合わせるのが社会で生きる術というものです。

 本当にカンマエがあの性格と信念の持ち主だったらそもそも世界的指揮者になどなれただろうか・・疑問です。そういう意味でこの話は全くのファンタジーかも知れません。

 実社会ではあんな人(カンマエ)は何者にもなれない。

それでもどんなに背を向けられても、嫌われても、貫く信念がある人って素敵だと思っちゃうんです。

愛なんていらねえよ、夏

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渡部篤郎広末涼子藤原竜也

脚本/龍居由佳里 

2002年

 

どんな巨匠でも、名俳優でも、その最全盛期というのは短いものです。

本当に脂ののりきった全盛期の代表作は1作品かせいぜい2作品あるかないか、

ではないでしょうか。

このドラマは主演の渡部篤郎、脚本家、龍居由佳里の最も全盛期の

代表作だと、僕は思います。

二人の最全盛期が重なった、それはもう、神がかり的な作品です。

僕の好きな国内ドラマランキング2位。

1位の「北の国から」と共に国内ドラマの双壁として後世に語り継ぎたい名作です。

 

───歌舞伎町のホスト白鳥レイジ(渡部)は7億の借金を背負う。そんな中、死んだ弟分、鷹園礼慈の妹、鷹園亜子(広末)が大企業の社長の娘で巨額の遺産を相続したと知る。礼慈と亜子は幼い頃(15年前)両親の離婚により離れ離れになったきり一度も会っていなかったという話を思い出し、レイジは鷹園礼慈になりすまし(亜子の兄になりすまし)亜子の受け取った遺産を奪おうと画策。鎌倉にある鷹園家に弟分の奈留(藤原)を引き連れ乗り込む。15年会っていないとはいえ礼慈とレイジは似ても似つかないし、年齢もレイジのほうがだいぶ上。にもかかわらず、ろくな計画も無いレイジに奈留は心配するが、亜子は盲目であった事も功を奏し、意外にあっさりと兄と信じ込ませることに成功。始めのうちは固く心を閉ざしていた亜子だが、しだいにレイジに心を許し始める。計画は順調に進んでいたかに見えたが、レイジの心の奥に深く眠っていた、ある感情がよみがえり始め、少しづつ歯車が狂いだすのだった───

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このドラマ、なにがイイかって、一言で表すなら感情表現がすごいんです。

嘘をつくのが仕事のようなホストと、心を閉ざした盲目の少女という難しい役どころの主人公にもかかわらず、その心情の揺れが手に取るように伝わってくるんです。

ナレーションで説明する事も無く、狂言回し的な脇役に解説させるわけでも無く、ダイレクトにセリフ(言葉)で伝える事でも無く、役者の表情や、声質、脚本の構成、演出、などを駆使して巧みに伝えてくるんです。

特に、盲目の亜子は相手の表情が見えないため、声質に敏感で、ちょっとした声のトーンでその人の言葉の正誤を計るという造形は面白く、出演者全員が声質というものに神経をそそいで演技しているように感じました。その事で、嘘と実を入り交えた複雑なキャラクターが多いにもかかわらず、主演の二人はもちろん、脇役陣もすべて、微妙な感情の揺れが、見事に心に迫って伝わってくるんです。ほとんどの登場人物が、生きた人間として、感情豊かに作中を闊歩しているんです。

こういうドラマ、意外と無いですよ。

泣いて、わめいて「愛してる」だ「好きだ」と叫んでも、さっぱり感情が心に迫ってこないドラマはたくさんありますけど・・・。

 

 

亜子「やっぱり私たち、住んでる世界が違うんですね」

レイジ「───まあ、いいじゃない。こうして出会えたんだから」

 

 

最終回。

頭の手術を控えた亜子をレイジが強引に連れ出して行った、海辺のホテルにて。

幸せゲームと称しホストと常連客のフリして、ホストクラブごっこを始めるシーン。

嘘の芝居をしているシーンなのに、

なぜかレイジの本音が一番伝わった名場面でした。

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ラストエグザイル

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───物語の舞台は砂時計型の人工惑星プレステール。世界は「アナトレー」と「デュシス」の大国とそれを管理する「ギルド」の三つの勢力に分かれていた。

主人公はアナトレーに暮らす、少年クラウスとその幼馴染の少女ラビィ。

二人は「ヴァンシップ」なる小型飛空艇のパイロットとナビ兼メカニックとして「空の運び屋」を営みながら、同じくヴァンシップ乗りだった二人の父親たちを飲み込んだ大嵐「グランドストリーム」を越える事を夢見ている───

 

 「クラウディア機関」なる架空の飛行テクノロジーが発達している中世風の世界観に

ラピュタ」と「スチームボーイ」と「キャプテンハーロック」合わせたような雰囲気。

主人公は男女の同じ飛空艇に乗る相棒で程良くロマンスもありそうで、モロ好きな感じ。

と、期待を胸に

もうずいぶん前にみていたのですが、

1話で挫折してたんです。

というのも1話中盤あたりでしたか、

「アナトレー」と「デュシス」の飛行船艦隊の戦闘シーン。

お互いの戦艦が同高度に並んでいて

パパパーンとラッパの合図かなんかで横の壁がガーと開くと

銃を持った兵隊がずらーっと並んでいて・・・

兵隊同士が無防備のまま撃ち合ってバタバタ死んでいく・・・

なんだこのバカバカしい戦い方・・・

そういうのが常識としてまかり通っている世界観なのかもしれないけど

知能のある人間のやる事として理解しがたい・・・・と

そのシーンからすっかり気持ちが入り込めず挫折していたんです。

今回はそこ、我慢して目をつぶって、気にせず先に進もうと決めて、

見はじめたら3話あたりからはもうすっかり引き込まれてしまいました。

この作品、非合理的な事が一つのテーマみたいなところがあるんです。

そこでいちいち引っかかってると、とても先に進めないんです。

例えばヴァンシップのデザインひとつとっても前が広がってて後ろがちぢまっているのも

飛行機の空力としては非合理的だし、必ず二人乗りでアクセルとハンドルを別々に分けているようなのも非合理的です。

とにかく細かい事気にせずなんとなく見る事をお勧めします。

そうすると急に世界観が輝きだしますよ。

 

───クラウスとラビィは別の運び屋からアルヴィスという少女を悪名高い海賊船のような戦艦の艦長アレックスロウに引き渡すという危険度星7つの仕事を引き継ぐ───

 

結局、「シルバーナ」というその戦艦の乗組員となりプレステールを揺るがす戦いの渦中に巻き込まれていくという話です。

この「シルバーナ」の乗組員たちがイカシタ大人たちで、ハーロックのような無口で渋い艦長のアレックス、美人副長のソフィア、ヴァンシップ隊の隊長のタチアナ。

その他整備士のオヤジらと人間ドラマが展開することとなり、そこがイイです。

ただ戦闘と、バトルを繰り返すだけの話になっていないんです。

また、アルヴィスを追いかけていたギルドの星型戦闘機乗りの指揮官ディーオがいいです。

はじめは敵としてクラウスたちの前に立ちはだかったけど、クラウスの飛行技術(インメルマンターン)に興味を持ち「インメルマン」とあだなをつけて無邪気にまとわりつくようになり、いつの間にかシルヴァーナに乗り込み、仲間になっている・・・。

このディーオの行動もかなり突飛で意味不明なところがありますが、とにかくあまり深く考えず見進めめてもらいたいです。

後半では深い感動を与えてくれるキーマンとなりますから。

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ディーオ

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艦長アレックス

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副長ソフィア

とにかく、この作品ちょっと意味不明な、非合理的な事がちょいちょいあるのですけど、気にせずみてほしいです。

中盤以降、シルバーナとウルバヌスとの戦闘やクラウスたちヴァンシップ乗りたちの戦闘シーンは圧巻です。人間ドラマもシルヴァーナ乗組員の大人たちが要所を締めてくれます。

終わり方も賛否いろいろあるようですが

僕はこれはこれで満足ですね。うまくまとめたと思いますよ。

欲を言えば、2期が全く関係のない話になってるのが残念です。

クラウスとラビィのその後の話がまだまだ見たいな・・・。

そう思わせてくれる作品でした。

26話があっという間でみじかく感じました。

 

余談ですが

最近、日本の連続TVアニメ界、TVドラマ界もそうですが、

どうも「使い捨て」感が漂うと感じます。

何年も構想を練ってじっくり作りこんでいるという感じがしないですね。

スマホ普及により、人々は以前のようにTVにかじりつく事がなくなり

一生懸命お金と時間をかけても視聴率が取れない

だからそんなに力をいれてもしょうがない

という感じがありありと感じられる気がします。

瞬間的な「ギャグ」と「萌え」に力を入れ、内容に深みが無くワンパターン

アニメなら「学園超能力ギャグ萌え」ものばかりが目につきます。

ここ最近のアニメの作画の美しさは目を見張るものがありますが・・・。

 

その点この作品は作画こそ最近のアニメからは見劣りする部分もありますが

壮大な世界観を、圧倒的な戦闘シーンと躍動感と共に人間ドラマを奥行き深く描いている大人のアニメとして、最近では絶滅しつつある希少な作品だと思います。

 

ローグ・ワン スターウォーズストーリー

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ここ数年すっかり恒例となった我が家の元旦映画観賞、4DXで観ました。

僕はスターウォーズの熱狂的な信者というわけではありませんが、上映されたすべてのシリーズは一応観てきました。

スペースオペラと言うのでしょうか、惑星間を自由に移動し、さまざまな種類の異星人、動物、ロボット、乗り物が画面いっぱいに躍動、闊歩する世界観がすばらしいです。

ジョージルーカスのルーカスたる由縁でもありますよね。

1977年。はじめに上映された「スターウォーズ」(シリーズの時系列ではエピソード4)は、これぞ映画だ、というエンターテーメーント性はずば抜けていました。世間的な人気も爆発的なものがありました。少年の僕もワクワクと胸躍らせ、親に映画館に連れて行ってもらい、おもちゃの、かなり立派なライトセイバーを買ってもらったものでした。それから「帝国の逆襲」「ジェダイの復讐」とすこし大きくなって、(中・高校性だったかな)観ましたが、思春期で見方がしゃくれてきたのか、エンターテーメーント映画として、それなりに楽しめましたが、ストーリー内容的にはそれほど評価できなかったのを覚えています。特にダースーベーダーがルークのお父さんだと、レイア姫が姉だと分かった時は、古臭い韓国ドラマのようなオチだとガッカリしたものでした。2000年代前半に上映された、エピソード1,2,3は妻と結婚前のデートで観まして、ディズニーランドのアトラクションのような感覚的な楽しさはありましたけど、内容についてはほとんど覚えていません。やはり伏線説明的な感が強く内容的にはあまり好きじゃなかったのだと思います。

他にもSF映画は好きでいろいろ見てきました。

「エイリアン」「アポロ13」「2001年宇宙の旅」などに代表されるような宇宙船内でのクライシス物、後は地球上での未来の話、火星探査の話などは多くありましたが、惑星間をまたにかけた壮大なスペースオペラ的話となると、「スターウォーズ」か「スタートレック」ぐらいしか思いつきません。

スターウォーズ」と「スタートレック」で比較するなら、映像的な美しさ、ディテール面の細かさ、ではスターウォーズの圧勝。人間ドラマの深さではスタートレックに軍配。

それは、それぞれの映画とTVドラマという互いの土壌を象徴していると思います。

 

 

最初の「スターウォーズ」上映から40年。

今だ類似作がほとんどないという、SF映画業界を寂しく思う反面、それだけ、近年、

僕の中で「スターウォーズシリーズ」が特別な存在となって輝きを増してきています。

昨年、元旦に見た「スターウォーズ フォースの覚醒」は久々映像やディテールだけでなく内容も面白くスターウォーズシリーズ中で2番目に面白く感じました。

1位はやはり、一番最初の「スターウォーズ」(エピソード4)です。

───ローグワンについてですが。

最初のスターウォーズ(エピソード4)の直前の話です。エピソード4は帝国のデススターの弱点を攻撃して終わりますが、デススターの弱点の設計図を手に入れるために尽力した戦士たちの話です。

率直な印象は「七人の侍型」。

脚本家になる勉強を多少した事のある人なら、その入門で教わる、教科書のような王道的ストーリー形体です。素直に見れば面白いのですが、僕はあまりに定型的なのがちょっと引っかかって古さを感じてしまいました。(あくまでストーリー構成がという意味です)また、エピソード4の伏線説明的な内容が強く、熱狂的なスターウォーズファンには、「なるほど、あれはそういうことか」と合点がいき楽しめるのでしょう。しかし、僕はむしろエピソード4についてはあれで完成していて、説明はいらないと、前々から思っていましたので・・・・。

映像の美しさやディテールの細かさはさすがで、やはり4DXや3Dで理屈なく感覚的に楽しむ作品だとおもいます。

ただ、ルーカス色が若干弱くなってるように感じたのは私だけでしょうか。

 

 

ジン役のフェリシティー・ジョーンズかわいくて、たくましくて、魅力的でした。

これから注目の女優さんリストに入れます。

チアルート役ドニー・イェン。よかったです。

けっこう有名な役者さんなんですね。知りませんでした。

K-2SO、巨神兵みたいで泣けました。

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村上海賊の娘 和田竜

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前から気になってたのですが、今一つ読む気になれなかったんです。

戦国時代ものというのがちょっと引っかかってまして。

昔は好きだったんですよ、戦国時代。

最近は、陰鬱とした謀略や陰謀の話が多く、癖易してたんです。

最後は徳川家康が勝つというのも先が見えてますし。

他に読みたい本も無く、なんとなく気が向いたのでやっと手にしたという感じです。

読みはじめの第一印象、「なんだこれ!?」です。

とにかく読みにくい。テンポが悪い。

本文中にいちいち文献引用を差し込み、ちなみに話で脱線する。

文献引用するのはいいですが、そこは作家さんの中でうまく噛み砕いて

ストーリーに反映させてくれればいいのに。

文献引用は最後の「あとがき」か「解説」でまとめるのが普通です。

まあ、普通が嫌だったのか、斬新と言えば斬新ですが、読みにくいものは読みにくいです。

3ページ読んでは眠くなり、ぽろぽろと手から本を落とす始末。

何度も挫折しそうになりました。

しかし、なんとか踏ん張って読み進めると、

1巻中盤、主人公の村上海賊の娘、景が登場するや、俄然、面白くなり引き込まれ、

ついには朝になってるのも気づかず、一気に読み終えてしまったのでした。

ざっとストーリーを説明します。

若干ネタばれ含みます。気になる人は罫線内読まないように。

 

───織田信長一向宗本願寺(大阪本願寺)を攻めていた時代。信長は本願寺の周囲を封鎖し兵糧攻めにかかった。残す兵糧輸送経路は大阪湾からの海上のみ。本願寺は毛利家を頼り海上からの兵糧入れを試みる。しかし、毛利家の船力では足りず、そこに力を貸すことになったのが四国瀬戸内海を拠点とする村上海賊。村上海賊にとって毛利家は旧敵であったが、海賊にとっては乱世が続くほうが都合がよく、信長に天下統一されることは阻みたい。この物語は、そんな村上海賊と毛利家海軍の連合軍と織田家側についた和歌山を拠点とする眞鍋海賊と泉州侍の連合軍の海戦、木津川の合戦がクライマックスとなる。

 主人公は、村上海賊当主、村上武吉の娘、村上景。

木津川の合戦に勝ち、一向宗が籠城する木津砦への兵糧を届けた景は、

かつて海賊働きをしたときに、流れで助けた縁のある一向宗門徒の留吉に向かって言う

 

「それでもお前は、砦を出ないんだろう」

留吉はぴたりと泣きやんだ。

「そうなんだろう」

留吉は無言で景を見上げていたが、やがて、こくりとうなずいた。

「だと思ったよ」

景は微笑み、小さくうなずいた。いまだに本願寺のやり口は認められないものの、阿呆な意地を通して戦う男はごまんと見た。その顔はやけに明るかった。

「いろいろあったわ」

腰を伸ばし、宙を仰ぎ見た。

「いろいろあったが、留吉、お前に会うて気も晴れた。戦ってよかった。さればお前もオレらの運んだ米を食い、戦い続けよ」

そう言葉を継いだが、突如、腕を振り上げ、留吉の張り倒した。きょとんとする留吉に、にやりと笑い

「馬鹿野郎」

それだけ言うと、身をひるがえしてその場を後にした。

 

織田家と対峙し籠城する一向宗に米を届けたのは、別に一向宗を救うためではない。

米を届けたところで、織田家と戦い勝てるはずもない事は景も留吉も承知の上。

 

生きるか死ぬかより、どう生きるかが大事なんだ

 

そういうセリフはないけど、僕には景が去り際、留吉に対して、

背中でそう言ったように思えました。

 

そんな景のキャラクターが魅力的でした。

その他もみなカラッとした、痛快な登場人物たちでイイんです。

陰鬱さがなく、粋で豪快で潔い人たちの姿が描かれていて

昔、好きだった戦国時代の話の雰囲気があるんです。

こういう話、本当に久しぶりです。

この本は海賊たちの話ですが・・・。

 

しかしそんなキャラクターたちは漫画的でファンタジックという人も少なくないようです。

そこであのウザかった、文献引用が効いてくるんです。

とある書評に「文献引用しストーリーは史実に忠実に描いているのに、出てくるキャラクターだけがフワフワしたアニメのキャラのようなのが解せないと」いうのがありましたが

それは違うと思います。

文献引用はこのキャラクターたちにこそリアルがあると主張するためのものではないでしょうか。

和田氏とて、あれだけの文献引用をすればテンポが悪くなる。読みにくい。というのは百も承知のうえで。まして書くほうは、それはとてつもない労力を要したであろうし。それでもあえてそうしたのは、ただ史実に即したストーリーを書くためではないと思います。

この話のキャラクターたちを、ファンタジックで綺麗事すぎると批判する声に対して、

いやそうではない、こいつらこそ本当にあの時代を生きたリアルな人物像なんだと、

真っ向、戦いを挑むための「本文中の文献引用」ではないかと思いました。

 

冒頭批判した「ちなみに話」の中にこんな一文があります。

この時代、人の命というものが、今とは比べものにならないほどに軽かった

 

別に戦乱の時代だからというわけではないのでしょう。

病院も無く、救急車も無く、健康診断も無いわけですから。

医療行為といえば葉っぱ煎じて飲むかせいぜいが針と灸。

人間50年といわれ。50歳生きれば寿命をまっとうしたといっていい時代。

人の命など、戦が無くても、明日はどうなるか分からないのがあたりまえの世の中です。

殺すことも、殺されることも、さしたる気にはしなかった。

だからこそ一人の命、人生よりも「お家」存続を重要視した

というのも理にかなっているのではないでしょうか。

そして末代まで伝わる「家名」を上げる事を重視し、

つまり今を生き延びる事より、直接的な生死より

どう生きるかという「粋に生きる」ほうが大事という考え方は、

なまじ青臭い理想主義でもなかったのだと思わせてくれました。

 

しかしまあ、文献をいくら深く読みこんでも、どんな偉い学者が研究しても

それは結局、どこまで行っても一つの解釈にすぎないのですが。

 

ならば僕は最近では劣勢とも思える、この和田氏の解釈を支持します。

最近は小説なら「怒り」や戦国時代ものなら「利休」など

陰鬱とした情念や人の業を描いた作品が人気なようです。

かつてもてはやされた、百姓から成り上がるサクセスストーリーとして秀吉の物語や、

互いに認め合い敵に塩を送りながら戦う川中島の信玄と謙信のような

痛快な戦国時代、戦国武将のイメージはどこか嘘臭く扱われるようになった気がします。

僕の中でもそうで、なんとなく戦国時代が色あせていたんです。

本書は、そんな僕の戦国時代のイメージを、

再びキラキラと輝かせてくれた作品でした。