takeの感想文マガジン

映画・ドラマ・アニメ・読書・の感想・レビューを綴るブログです

風の王国 五木寛之

f:id:take-yutaka:20170321050256j:plain

みなさんも「人生観を変えたこの一冊」というのがあると思いますが

僕にとってはこの作品がそれです。

最初に読んだのは約20年ぐらい前です。

定期的に読み返したくなり、今回で5回目ぐらいでしょうか

表紙はぼろぼろです。

 

フリーのライター速水卓が、仕事の取材で京都の二上山に行くところから始まります。

まずこの速水がおもしろい人物なんです。

若いころ世界放浪の旅をし「歩くこと」におぼえがあり、電車のむかいに座る人の足を見て「こやつ、歩けるな」と思ったりするんです。

 

彼の職場の流星書館の雑誌「季刊TEKU TEKU」の編集長、島村杏子との交流シーンは素敵でした。

島村杏子も北海道から九州までの徒歩旅行を2度達成している歩きのつわもの。

四駆やバイクによる自然破壊を批判し、

「人間は自然を傷つけた量だけ自らも傷つく」という持論をもち

「人は自然の中で優しくあるだけでなく、街においても、人々の中においてもローインパクトに心しなければならない」との考えの持ち主。

二人は「歩くこと」を一つの生き方の問題として追求してるんです。

 

余談ですが。

初読当時、僕の興味は車やバイクにあり、歩く事など何の興味もなかったのですが、この書を読んだのを機に、ウォーキングやハイキングに興味を持ち始めるようになりました。

 

そんな速水は二上山の山頂で風のように駆け抜ける謎の女に遭遇。

その女はお遍路のような格好をし、しかしお遍路とはどこか違う黒い衣装の背中に神の文字が染め抜かた法被を纏い、霧の中をまるで翔ぶように速水の前を駆け抜けていきます。歩くことには自信を持っている速水が必死になって追いかけても追いつけないんです。

すっかりそのことに打ちのめされ、虜われ、彼女との再会を熱望するようになるんですが。

それは意外にあっさり叶うのです。

流星書館の親会社である射狩野総業の創立記念パーティーに出席した速水は、祝辞のために壇上に立つ「翔ぶ女」を見ます。

「翔ぶ女」は「天武仁神講」「同行五十五人」という字の染めてある法被をはおり

「天武仁神講の講主代行」として挨拶を始めるのですが、それは射狩野総業が近年、事業拡大し、自然破壊をし、開発を押し進める事に対しての痛烈な批判でした。

女の名は葛城哀。天武仁神講の2代目講主、葛城天浪の娘。

射狩野総業オーナーの射狩野瞑道も天武仁神講に席を置き、かつては天浪と2代目講主の座を争った人。「へんろう会」という分家のような団体の会長でもあり、「へんろう会」は政財界から裏社会までに会員を広げ、財力を蓄え「講」にも財政面で貢献してきた。だが、その行為が度を超え、自然破壊をつづけるのは初代講主葛城遍浪の教えに背くことであり、本末転倒だという批判でした。

 一方。その会場で、速水の兄、速水真一の彼女である歌手の麻木サエラが余興で歌を披露する事になっていたのですが、「歌いたくない」とぐずっていると、マネージャーの瀬田から応援要請があり、速水はサエラの控室に呼ばれます。

サエラはもともと自由に3曲歌うはずだったのが、列席した政治家とデュエットしてほしいという依頼が急遽入り、それを拒んでいるのです。

その話は渾流組の竜崎というヤクザが絡んでいて、控室に竜崎もやってきます。

絶対に歌いたくないと拒むサエラに竜崎は過去の事情を餌に脅し、さらには真一のもとに手下を送り、歌わなければ彼がどうなるか分からないと脅します。そんな竜崎に速水はタフガイさながら襲いかかり、急にハードボイルドアクション的な展開に。銃を抜いた竜崎の前に突然、葛城哀が立ちはだかり。哀は竜崎と竜崎の手下を真一のもとから引かせ、その場を収めるのです。

その後、哀は速水に東京から伊豆まで一緒に歩かないかと誘ってきます。哀は速水の名前も職業も知っていて、二上山ですれ違ったことも気づいていました。速水はなぜ哀が自分の事をそんなにも知っているのか、よく分かりません。何やらキナ臭い気配は感じつつも、あの「二上山の翔ぶ女」である哀と歩けることに舞い上がり二つ返事でOKします。

そこから哀と速水の伊豆への歩行シーンになるのですが、この歩いているだけのシーンがまたイイんです。

そのシーンのハイライト本文から抜粋します

 

 

「では、私が先に歩かせていただきます。同行でノルときには、二人が一人の心になって歩くわけですから、そのおつもりで」

「手加減しなくてもいいですよ。かなわない時には、遠慮なくギブアップしますから」

「これは行なんです。勝負ではありません」

「共にノルことで、一人の人間の力の二倍も三倍もの高い境地へ達することが出来なければ、同行の意味はないんです。私が速水さんをためすとすれば、それは人と共に助け合って歩く、自然と一体になって歩む、その心の広さや優しさを、あなたが待てるかどうか、それを知りたいだけです。速水さんが只のつよい体力と意思の持ち主に過ぎないとわかったら、わたしは同行をその時点でご辞退します。そして、あなたはわたしたちとハナれて、二度とお目にかかることは、ないでしょう」

中略

 

先行する葛城哀に、休ませてくれと一言いえば、彼女はもちろん足をとめてくれただろう。だが、それだけはどんなことがあってもしたくはなかった。ルト砂漠を歩き、シラーズの砂礫の荒野を歩き、ラリーカーが150キロですっ飛んで来るサファリラリーの道を歩き、ガンジスの源流を歩いた自分が、どうしてこんな遊園地のような島国の海岸でギブアップできるだろうか。

 だが、今度はこれまでのトレイルとはまるでスピードが違っていた。夜明け前に一度、公園の端で休んだだけで、あとはずっと歩き通しなのだ。しかも、彼女の歩速はおそらく分速160メートルを超えている。旧陸軍の約二倍の歩速だ。彼女の下半身は踊っているように奇妙な動きを続けていた。だが首から上は能役者のように静かに風の中をすべってゆく。速水卓は、すでに歩くのをやめて走っていた。心臓の鼓動も限界にちかく震えていた。

 だが、彼女は決して速水卓を無視して歩いてはいなかった。葛城哀の背中からは絶えず彼にはげましの無言の声が送られていた。

 がんばるのよ。さあ、いっしょにいきましょう、どこまでも。二人で手をとりあって

速水卓には、その声がはっきりと聞こえた。

 

 

この後、伊豆の「天武仁神講」の隠れ家に到着し。「天武仁神講」とは一体どんな組織なのか、講と速水の接点とは、「へんろう会」とは、のさまざまな疑問が明かされていきます。

この説明が中盤、かなり長く若干中だるみ感もありますが、5回読んでも、今だよく分からない点でもあり、奥深い点でもあります。今まで(4回読んだ時点)では感じなかった疑問が新たに芽生えたりして。五木さんが実は一番描きたい所でもあるような気がします。僕なりの解釈で簡単に説明すると。

明治維新後、住民登録制度ができた。が、それを拒み、無籍漂流の浪人たちがいた。ジプシーのような定住を好まない移動民族。彼らは「サンカ」や「ケンシ」と俗称されいわば山賊のような「野蛮で奇異な非国民」と、うとまれ迫害されてきた。彼らの理念は「相互扶助」。定住せず移動して暮らし、困っている人あらば助け合う。農耕定住民が肉や骨なら、彼らはいわば社会の血液になろうとした。ハンセン病患者などにも積極的にかかわっていたので余計に奇異な目で見られていた。ある時「ケンシ狩り」と呼ばれる、役人による「ケンシ」たちの大量虐殺事件があり、その事件を逃れた葛城遍浪と八家族55人が京都から伊豆に逃げ、結束を誓い合った。その秘密結社のような会が「天武仁神講」。そしてその経済基盤を支えるために組織されたのが「へんろう会」。

 

なにゆえ彼らは無籍にこだわったのか・・・分からない。戸籍を作ったって、別にそこで一生暮らさなきゃいけないわけじゃないし。今だって、マイホーム派か賃貸派か、みたいに一ヵ所に留まりたがらない人もいるだろうけど、戸籍は別に関係ないし・・。「ケンシ」たちも戸籍を作っておけば、そこまで迫害されることもなかったろうに・・・疑問が残る。

 

中盤を過ぎ後半は、射狩野瞑道との対立が血生臭い様相を呈してきて、エンターテーメントとしても盛り上がってきます。

そんな状況での、この作品で最もきらめく僕の「人生観を変えた一文」を本文から紹介して〆させていただきます。

 

「世界の多くの人々の思想は、勝つか、負けるか。だが、わたしはそのどちらも好かん」

速水卓は遠慮がちに天浪にたずねた。

「でも、もし、勝つか、負けるかの、二つのどちらかの道しかないような時には・・」

「道は必ずあるものだ」

天浪は微笑して速水卓を見つめた

「人に知られぬ意外な道が現在この国にも数多くあることを、あんたは今度の大疾歩で知っただろうが」

「はい」

速水卓はうなずいた。その通りだった。隠された道は、必ずある。それは見えないだけなのだ。しかし、それでもなお、二者択一を迫られる状況というのも、またあるのではないだろうか。速水卓のそんな心の中を感じたように、講主は言葉をつづけた。

「もし、どちらかを選ばなければならない時がきたなら・・」

天浪は言葉を切って葛城哀を眺めた。

「どうするかな、哀」

哀は眉ひとつ動かさず、しずかな口調で言った。

「負けます」

 

 

この葛城哀の「負けます」

しびれました。

 

葛城哀語録

「わたしたちは一所不在のケンシなんだわ。取ることでなく、捨てる事を知っているすばらしい一族よ。土地を捨てる。家を捨てる。安住を捨てる。いつもそうして体一つで流れて生きてきた。私たちは風よ。風は軽くなくっちゃいけないわ・・」