「スリーキングス」映画感想
製作 1999年 米
監督 デビッド・O・ラッセル
出演 ジョージ・クルーニー
マーク・ウォルバーグ
勝利が確定し、帰還の準備を始めるアメリカ兵たちは大ハシャギ。
そんな気分の男たちが偶然1枚の地図を手に入れる。
そこにはイラク軍がクウェートから奪った金塊の隠し場所が記されていた。
ゲイツ少佐(ジョージ・クルーニー)・トロイ上級曹長(マーク・ウォールバーグ)・チーフ二等軍曹(アイス・キューブ)・コンラッド上等兵(スパイク・ジョーンズ)の4人の男たちは秘密裏に個人的な金塊強奪計画を画策。
アメリカの旗を掲げ(戦勝国の威厳を振りかざし)イラク領内に侵入する。
金塊はあっさり発見。
ところが金塊の隠し場所の村で、フセイン体制打倒を図る反乱派の村民がイラク軍に迫害されている陰惨な現実を目の当たりにして事態は暗転。
4人の目の前で村民の女性が頭を撃ち抜かれる。
イラク軍は米兵の金塊泥棒にさしたる興味はない。
彼らの興味は反乱派の弾圧のみ。
金塊はくれてやるからさっさと立ち去れと。
次々に捉えられる反乱派の村民たちは米兵に救いを求める。
見過ごせなくなる米兵たち。
ここでイラク軍と一戦交えれば
停戦協定違反・内政干渉と政治的大問題に発展する
村民は見捨てて、さっさとずらかろうと言うトロイ。
しかし、ゲイツ少佐は留まることを指示。
緊迫した対峙の末、ゲイツがイラク軍指揮官を撃ったの機に乱撃戦に突入。
何とか反乱派の村民を救い出し逃げ伸びるが
イラク軍の追撃に車両を失い、トロイは捕らえられてしまう。
ゲイツは村民をイラン国境まで送り届けること
(アメリカの威厳でイラク軍から反乱派を守りイランの難民キャンプへ送ること)
を交換条件に反乱派の協力を取り付け、金塊の運搬とトロイ救出作戦を決行する。
―――――――。
この作品は、戦争ものとしては異色な泥棒コメディという解説も多いですが
僕は、立派に社会派戦争映画だと思います。
湾岸戦争とは。
イラク軍のクウェートへの侵攻をアメリカを主とする多国籍軍が撃退。
で、一応の多国籍軍勝利、停戦となるが
米兵が戦勝ムードに浮かれているとき
アメリカ軍と共に蜂起した反フセイン勢力は、フセイン政権に弾圧されていく。
と、ここまでは、実際の史実に即したリアルを皮肉に描いています。
この映画の軍事アドバイザーのジェームズ・パーカー少佐は、
実際にその光景を目の当たりにしながら、
何も手を出せなかったことを悔しく思ったのだそうです。
他国への侵略は許さないが
内政には干渉しない。
その時の悔しい思いに対して、では、もしも、手を出していたら・・
という妄想夢物語を後半では描いています。
前半から中盤にかけては、湾岸戦争の大義のうさん臭さを皮肉たっぷりに描いている
のに、後半は結局、軍事介入を賞賛している感じが
多くの人に嫌悪感を抱かせ、世間的には不人気作品となっているようです。
しかし、僕は最近、軍事介入を擁護したからといって嫌悪感は抱かなくなったのです。
もしも武力侵略されたらソッコー白旗上げるべきと思ってた派ですから。
しかし、湾岸戦争を機に僕の考えも、日本の政治も大きく方向転換していくわけです。
戦争反対はいいけど・・。
世界各地ではいっこうに止まない武力衝突。
自分の国以外の事は無視するのか・・。
無視しないなら
他国の戦争にどう干渉するべきか
内紛や民族間争いはどうするか
内政干渉は・・
これといった答えはまだ見つかりません
この映画のゲイツのとった行動はその一つの選択肢として
嫌な気はしませんでした。
もちろん両手放しで絶賛もできませんが。
実際のアメリカはこれやってないのです。
悪く言えば
イラクを切り捨てたわけですから。
そこも映画の中で描いたうえで。
政治的思想も正義感もない、不良米兵4人が、
私利私欲にまみれた泥棒所業の成り行きで
ほんの一部(55人)のイラク人を不本意ながら仕方なく助けてしまった
というフィクションです。
いや・・
最後、情が入って不本意が本意になり
急に、アメリカ人イイ人になって感動させようとしてるところが
解せない。史実と違う。と一部で反感を買っているのかな・・。
その意見もよくわかりますが・・。
そこは素直に感動していいでしょう。
実際に現場で戦い、助けられなかったパーカー少佐の想いの物語として。
戦争どうこうというより
ゲイツとアミール(反乱派リーダー)がシンプルに約束を守ろうとする
男と男の仁義の物語として。
そういうアクションエンターテーメントとしても面白く観れて
背景として、湾岸戦争とは何だったのかと総括したくなる・・。
社会派戦争映画としても見事な作品だと僕は思うのです・・。