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「地獄の黙示録」映画感想

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製作 1979年 米

監督 フランシス・フォード・コッポラ

出演 マーティン・シーン

   マーロン・ブランド

   ロバート・デュバル

   デニス・ホッパー

   ハリソン・フォード

 

あらすじ

舞台は1960年代末のべトナム。ウィラード大尉(マーティン・シーン)は、ジャングルの奥地で王国を築いたとされるカーツ大佐(マーロン・ブランド)を暗殺する命令を受け、部下4人を引き連れてナング河を溯っていく。その過程でウィラードが遭遇するさまざまな戦争、そして狂気。やがて彼はカーツと対峙し…。

 

コッポラ監督が己の映画生命のすべてを投入し、文字通り狂気の沙汰を繰り返した果てに完成させた戦争超大作。単にベトナム戦争ものというよりも、戦争そのものの本質や、そこから浮かび上がる人間の内面を鋭くえぐったものととらえた方がよく、そのクオリティは映画史のみならず、20世紀の芸術史に残るべきもの。  (アマゾン商品紹介より)

 

まず、この作品が名作と言われる由縁をざっとまとめておきます。

CGなし。すべて本物の兵器を使用ということで。

とにかく圧倒的な映画力です。

映画とはつくづく総合芸術だと思いますね。

映像、音楽、ストーリー、演出、大道具、小道具ディテール、ファッション

そして哲学、テーマ、メッセージ・・。

五感をフル稼働してそれらを感じ取るもので・・

あの時代に、膨大なお金と情熱を注いで作られた、

映画屋魂が画面から理屈抜きに伝わってきます。

その点については、後にも先にもこれを超える作品はそう無いのではないかと。

20世紀最高の戦争映画の一つという世間的評価に異論なしです。

しかし・・

それはあちこちで語られていることなので

ここからは先は僕の偏見で話をします

 

‼以下、ネタバレと偏見要素含みます。ご注意‼

 

良し悪しの話なら良作に間違いなしですが

好き嫌いを言えば、実はそんなに好きじゃありません

その最大の要因はマーロンブランド扮するカーツ大佐のたどり着いた境地が

いまいちよくわからない。ピンとこない・・ところにあります。

デニスホッパー扮するカメラマンは「カーツは偉大だ、超越している」と心酔しているし、何やら怪しげな原住民の人心も掌握しているようで・・。

元は輝かしい功績の人格者だったカーツ大佐。

彼にいったい何があり、今何を考えているのか・・。

ウィラードもそれを確かめたいからあえて正面から堂々と会いに行きます。

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さてついに、待ちに待ったマーロンブランドとマーティンシーンのご対面のシーンです。

「真の自由とは何か考えたことはあるかね?」

「君は暗殺者か?」

「軍人です」

「どちらでもない。使い走りだ」

・・・・なんでしょうか。

軍から離脱し、こんなジャングルの僻地で現地人集めて王国を作って・・

そりゃ自由でしょうけど・・それで何がしたいのでしょうか・・・。

 

「恐怖とそれに怯える心を友とせよ。さもないとこの二つは恐ろしい敵となる。真に恐ろしい敵だ」

 

このセリフが、この映画のテーマだとは思いますけど・・・。

序盤の道中で出会ったロバート・デュバル扮するキルゴア中佐。

あの有名なワーグナーを鳴らしてのヘリ編隊侵攻。

カウボーイハットかぶって「朝のナパームはたまらん」と豪語する。

やたら戦場でサーフィンすることにこだわる。

この作品の狂気とカオスを描き、特に人気高い登場人物です。

彼は恐怖を友にできていたのか?

否。できていないのでしょう。

できていないからこそ、あのような振る舞いを装っていたのでしょう。

ではベトコンは恐怖を友としていたのか?

ベトコンにも家族はいるし・・

恐怖を友達になんかできていなかったでしょう。

恐怖は恐怖としてあっていい。

むしろ、恐怖を友達になんかする必要はない。

と、僕は思いますが。

カーツ大佐は恐怖を友達にしたかったのでしょうか・・。

そして、それは叶ったのでしょうか・・。

「誰かをうちにやって、息子に伝えてほしい」

「君に私が理解できるならば」

そのためにウィラードを生かして自分は死んだという事なのでしょう。

自由と恐怖の超越・・突き詰めれば死にたどり着くという事か・・・。

しかし結局はカーツ大佐も自分のたどり着いた境地を後世に継承したかったというあたりが、またなんとも人間臭く・・・。

偉大な超越している人ではなかった感じが、肩透かし食らったようで、消化不良で・・・。

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最後、王国を空爆するラストとしないラストの2パターンが存在するようで。

賛否分かれているようですが。空爆はカーツ大佐の意志でありそれをウィラードが受け継いだという。その意味をどう解釈するか・・。

それ語りだしたらえらい長文になりそうなのでここでは省略します。

 

そのほか印象的なセリフは

「戦場で殺人罪とは、レース場で速度違反を取り締まるようなものだ」

「あのキルゴアが許されて、なぜカーツは許されない?」

 

ともあれ、

感覚としてはっきりと伝わってくるのは

ベトナム戦争の狂気。矛盾。不毛さ。

アメリカ人の能天気な国民性。

それをアメリカ人が

命懸けの情熱を賭して描いたということ。

自由とは何か?恐怖とは何か?

ちょっと考えてみましょうよ・・と。

それだけ感じられればいいでしょう。