takeの感想文マガジン

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「否定と肯定」映画感想

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製作 2016年 

監督 ミック・ジャクソン

出演 レイチェル・ワイズ 

   トム・ウィルキンソン

   ティモシー・スポール

 

あらすじ

ユダヤ人の女性歴史学者リップシュタットは、「ナチスによる大量虐殺はなかった」と主張する歴史家アーヴィングを批判し、名誉毀損で訴えられてしまう。提訴された側に立証責任があるイギリス司法制度のもと、彼女と弁護団ホロコーストの存在を証明するためアウシュビッツへ向かう。弁護団は生存者の証言には頼らない秘策で戦いに挑もうとするが、リップシュタットは猛反発。世界中が注目する前代未聞の裁判がついに始まるのだが......。

(アマゾン商品紹介より)

 

 

‼以下、ネタバレ含みます‼

 

僕は実はホロコーストに関してはほとんど無知といえます。

まして否定論なんてほとんど聞いたことがなかったから、

面白い問題提起だと思って興味を持ちました。

たいした勉強もせず、ググって調べられる情報と、NHKドキュメンタリー、ギャオドキュメンタリー(そういえばギャオドキュメンタリーなくなっちゃったの?)ホロコースト映画など、数作観ただけで

600万人のユダヤ人が虐殺されたと信じ込んでいたから・・。

もしや、常識と思っていたことが間違っていたのか・・・。

それこそがアーヴィングの思うつぼだったのですね。

しかし見進めていくうちに、これは否定派VS肯定派の話ではないと気づかされます。

否定派のアーヴィングは、どうやら売名目的の噓つき道化であることは確定で、彼が嘘つきである事をどう立証するかという裁判の話で、

一般常識としてのホロコーストの事実はゆるぎないものなんだという事を、

改めて感じさせられる作りになっていました。

 

終盤のリップシュタット(レイチェル・ワイズ)の言葉が心に響きます。

 

「なんでも述べる自由はあっても・・

・・嘘と説明責任の放棄だけは許されないのです」

 

「意見は多種多様ですが、否定できない事柄はあるのです」

 

SNSの投稿などで、素人でも気軽に何でも言える現代だからこそ

私たち自身の身にも、つまされる言葉でした。

 

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しかし・・

以下は僕の勝手な偏向意見です

と注釈つけて、語らせていただきます

僕は歴史事実というのは100%断定しては信じられないと思っています。

古ければ古いほどに。あとは遠い宇宙の話も。

自分の目で観たものでなければ・・所詮は伝聞。

いかに高尚な歴史書を読み漁ろうと・・。

ホロコーストの史実というのはそんなに古いものではないので

95%は信じていますが、残りの5%は否定論も聞く余地はあると、

今も思っています。

いろいろな人の証言や文書から専門家が研究を重ね、その時々で世界共通認識として史実というものが一応決定しているようですが・・その証言や文書自体に虚偽がある可能性はゼロとはいえない気がするし・・そこを突いて、否定論者が現れるのも必然な気がするし・・・新たな資料が発見されればそれまでの歴史認識が覆ったり・・時代が変われば歴史認識も変動していく事もよくある話で・・。

一度決定した史実に疑問も持たず信じ込んでいるだけというのもいかがなものかとも思い・・。

時々、こういう否定論者が現れて歴史を再検証することもあっていいかと思うのですが・・。

この映画では終始、噓つき道化として扱われていたのが少し残念です。

あったと思っていたことを故意になかったと嘘をついたという事になっているけど。

本当にそうなのか・・・

売名のためにそんなことをする意味があるのか・・

思想的願望から、悪意なく無意識に事実を捻じ曲げて解釈している道化?

それもまた身近な事として身につまされる話です。

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今後、ますます様々な意見や思想、情報が氾濫する世の中で

そのこと自体に悪態をついても仕方が無い事で・・・。

言論の自由を守っていく背後で問われるのは

聞き手としての成熟度ではないだろうか・・・と思うのです。

 

もちろん言い手としての配慮や責任も必要ですが

一度の失言や、失敗でその人を社会的に抹殺してしまう

世の中になりつつあるのも怖い気がします。

 

 

違う人の感想で面白いのを見つけたんですが、
その人の感想では、
リップシュタットの嫌味なまでの絶対的な正当性。
アーヴィングの滑稽なまでの悪ぶりに、悲哀と同情を禁じえなくなる。
それは監督の意図的な演出である。
そこで描いているテーマは否定と肯定、双方に潜む自己欺瞞の危うさである。


う~んアッパレです。