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「フリーソロ」映画感想

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製作 2018年 米

監督 エリザベス・チャイ・ザバルヘリィ

   ジミー・チン

出演 アレックス・オノルド

 

作品紹介

ロープや安全装置を使わず、素手で岩壁を登る“フリーソロ”。

本作は、その第一人者として知られるアレックス・オノルドが、カリフォルニア・ヨセミテ国立公園にある970メートルの高さを誇る北米最大の岩壁「エル・キャピタン」に挑む様子を描いたドキュメンタリー作品。

他の誰もが達成したことのないその挑戦は、彼に究極の選択を突き付ける。

成功か死か・・。

幾度の失敗と練習を重ね、2017年6月3日、人類史上最大の挑戦に挑む―。

ファッションプレスより)

 

あのヨセミテの大岩壁をロープなし一切の機材なしの素手でだけで登る。

世界で誰もやったことがない。

フリーソロというスタイルのクライマーは過去に何人かいるようだけど

そのけっこうな数の人が滑落死しているそうな・・。

と聞けば、常人ならその挑戦は狂気の沙汰かと思うだろう。

しかしそれはただの無謀な挑戦ではないようだった。

まずはロープを使った普通のクライミングで何度もコースを下調べし、

岩の突起の一つ一つを記録し、どこにどう指をかけ、足をかけ、どう登っていくか、

緻密にプランニングし、8年かけて繰り返し練習を重ね、

その動作を頭と体に叩き込んだ上で、満を持して挑戦するという事だ。

それでも相手は自然。予測不能な事態は起こりうる。

なにも起こらなくても、精神や身体のわずかな乱れによる数ミリの誤差が即、死に直結する。

という事に変わりはない。

ではなぜそんな挑戦をするのか?

なぜ山に登るのか・・・

という問いに愚直に向き合う姿を

本人の語り、周囲の人のインタビューによって描く。

ドキュメンタリーとしては実にシンプルかつオーソドックスなスタイルだ。

家を持たず、キャンピングカーで暮らすオノルド。

服装や髪型に頓着せず、シャワーも何日も浴びない。

肉、魚を食べないから臭くないと笑う。頭の中は常にクライミングの事ばかり。

そんな彼だが、献身的に寄り添う恋人サンニがいる。

彼の命がけの挑戦を理解し、不満を漏らすどころか、クライミング現場にも積極的に

ついていき、彼が弱気になれば発破をかける。

そんな山屋には理想的なできた彼女だ。

しかもちょっとウィザースプーン似の美女で・・。

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しかし、ある日の練習中に、それまであまりしなかった滑落事故を起こした時

(命に別状はなくもソロクライマー人生を脅かすような全治3か月程度の捻挫)

サンニと付き合い始めたからだと彼女のせいにして、本気で別れようと思うとか。

とにかく基本的な人間としての常識の型にはめたなら、欠落だらけの人間だ。

いろんな欠点を栄養にしてある一点だけの才に突出した天才。

山下清的な人か・・。

結局、彼女とは別れず、周囲の仲間とも良好な関係を保っていく。

なんとも不思議な魅力で周囲の人たちを惹きつけるんだな・・・。

見ている我々も、そのひょうひょうとした佇まいから、次にどんな言葉が出てくるのか。

ついつい引き込まれてしまう。

実は本挑戦の2年前、2015年に1度本格的に挑戦を開始したことがあった。

万全の態勢がそろい、映画撮影隊も配置について、満を持して早朝、登攀を開始した彼は

数分登ったところでふと断念した。

特別トラブルがあったわけではない。

なにか嫌な気がしたんだ・・・と。

真相は彼にしか分からないが、推測するにおそらくサンニの顔が浮かんだのではなかろうか。

クライマー仲間でもある撮影隊の顔が気になったと口にしていたが、それも1つだろう。

生きたいという思いがふと去来してしまった・・・だから怖くなってしまった。

のではないか・・。

その後彼は、キャンピングカー暮らしを止め、家を買い、定住する決意をする。

喜ぶサンニは、冷蔵庫はどうしようとか、カーテン何色にしようとか大はしゃぎ。

やっぱりサンニは普通の暮らしがしたかったのね。

そんな傍らで、うつろなオノルドはボソリと呟く。

そのつぶやきは我々に、強烈な問いかけを突き付ける。

「幸福な世界には何も起きない。そこにいても何も達成できない」

サンニもそんな彼の矜持は百も承知で・・・。

普通の幸福を共に享受できないジレンマに悩まされながらも

彼の生きる道を阻みたくはないと涙するシーンには胸を打たれる。

かくして・・・2年後、エル・キャピタンに戻ってきたオノルドとサンニ。撮影クルーたち。

映画としてはラスト30分でようやく本番の登攀が始まる。

前回の反省点を活かし、今回は極力オノルドの視界に入らないよう、

遠距離から望遠レンズで撮影する手法で。

ポイントポイントには無人固定のカメラを設置したのか・・・

時に近接した距離での息づかいや花崗岩のこすれる音

数ミリに満たないわずかな突起に命を預ける様子など臨場感たっぷりに捉え、

時に全体を俯瞰で高度感を撮影する。

エンタメ山岳映画のような過剰演出はないが

その絶妙な距離感に撮影クルーがオノルドを思いやる気持ちが表れていて

孤高のクライマーの超絶技巧に感動するというより

彼が築いてきた人間関係への思いが去来する作りになっている。

登攀は終始順調。危機らしい危機もなく、予定より早いペースで淡々と登っていくオノルド。

そうだ、これは危険な賭けなどでは決してない。

何度もシュミレーションしてきた事を完璧にこなせば必ず達成できるはずなのだ。

それを信じて迷わないオノルド。彼を信じてカメラを向ける撮影クルーたち。

彼を信じて送り出したサンニ。すべては周囲の人との信頼関係の中で

築き上げた迷いなきオノルドの姿なのだ。

登攀から3時間56分。ついに登頂を果たした。

彼はまるで近所の丘に登ったような気軽さでつぶやく

「うれしいな。気持ちいいよ」

これは断崖絶壁での超絶クライミングテクニックを、緊迫の映像と臨場感で描き、ラストでは高らかにその前人未踏の挑戦の成功を賞賛するような。

山岳バーティカルアクション映画ではなかった。

あくまで、フリーソロクライマー「アレックス・オノルド」の内面に深く切り込む

人間ドキュメンタリーだ。

 

「命を懸ける以上全力で臨む」

 

彼にとって山に登るとは全力で生きる事だと私は解釈した。

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