「流」東山彰良 読書感想
あらすじ
1975年、台北。偉大なる総統の死の直後、愛すべき祖父は何者かに殺された。内戦で敗れ、追われるように台湾に渡った不死身の祖父。なぜ?誰が? 無軌道に生きる17歳のわたしには、まだその意味はわからなかった。台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。歴史に刻まれた一家の流浪と決断の軌跡。満票決着「20年に一度の傑作!」(北方謙三氏)。第153回直木賞受賞作!
(アマゾン商品紹介より)
国民党戒厳令統治下の70年代台湾が舞台。主人公は17歳の青年、秋生。
ゴリゴリの国民党員の祖父は中国山東省に生まれ、抗日戦争を戦い、親日派の一家を皆殺しにし、戦後は中国共産党との抗争に追われ、蒋介石と共に台湾に流れ着いた。
という経歴の持ち主。
75年。蒋介石の死の直後、祖父は何者かに殺される。
その凄惨な現場の第一発見者になった秋生。警察に徹底した捜査を要求するも、
もともと恨みを買うことも多かった祖父で、真剣に取り合ってくれない。
17歳の秋生としてはどうすることもできない。
悶々とした思いを周囲との暴力によって消化していく・・・。
と、前半から中盤にかけては、台湾の複雑な歴史と共に、やんちゃな青年の喧嘩と友情と恋の青春ストーリーが描かれていく。
僕らの世代なら「ビーバップハイスクール」「岸和田少年愚連隊」あたりを彷彿させる序盤青春ストーリーの部はやや冗長で凡庸だが・・・。
台湾の政治的歴史背景を描いた部では、鮮烈な臭いを伴った臨場感で迫るものがある。
この小説の感想として中国共産党や国民党に批判的な事を書いたなら、今だ、近くに潜んでいるその残党に一家もろとも殺されるんじゃないかという疑心暗鬼が
我が事のように感じられて。背中を何度も振り返りたくなった。
主人公は国民党の祖父を持つその子孫だが、中国共産党、日本軍、蒋介石国民党。三つ巴の抗争に翻弄された台湾出身の著者ながら、そのいずれの肩ももたず、中立的な描き方をしているところがうまい。というか三者のそれぞれの暗部をしっかりと描いている。
日本軍は中国の村を毒ガスで皆殺しにし、日本軍のスパイと思われる一家の村を国民党の祖父は一族もろとも生き埋めにし、共産党はその圧倒的火力で国民党を祖国掃討していく…といった具合に。
日本の創作物なら共産党が一番悪役になることが多いところ、
本作では一番マシに描かれていたような気がする。
祖父を台湾に逃がす手引きをしてくれた共産党の馬爺さんの存在がね。
しかしこれ、政治イデオロギー色は強くない。
秋生の祖父は、世話になった近所のおじさんがたまたま国民党だったから、国民党に入党し、
秋生が近所の悪ガキたちと喧嘩に明け暮れたのは、友達との義理を果たすためで、相手のチンピラたちになんの恨みもなく、ましてや思想的哲学などはない。
私の祖父はたまたま日本人だったから恨みもないアメリカ人と戦い、
ナチスの家に生まれた人はユダヤ人になんの恨みもなく、ただ迫害した。
そんな描き方だ。
それは一つの真理かもしれない。
しかしまた、そうではない、イデオロギーと哲学を賭けて戦った人は、あの時代にもいただろうし、少なくともこれからの時代を生きる我々は、そういう因果応報の輪廻を立ち切らねばならない。それはできるはずだ。
そんな事を思った。
さて、本作、物語は終盤まで、あくまで青春ストーリーが描かれる。
祖父殺しの謎解きミステリーではないな・・・と、そっちの事はすっかり忘れていたころ、
ふとしたきっかけで急に祖父殺しの犯人捜しの話が動き出す。
そっちメインで期待していた人はさぞ退屈だっただろうが、後半一気に伏線回収されるのは圧巻。ぜひ諦めないで最後まで読むことをオススメする。
はたまた、これ、満場一致の直木賞と言われるといささか首をひねりたくなる部分もあったが・・。
そこも終盤になって一つのテーマが見えてくると、重層的な奥行きを感じ納得。
冒頭、一片の詩が差し込まれている
「魚が言いました‥わたしは水の中で暮らしているのだから
あなたはわたしの涙が見えません」
最初はなんのことかわからなかったけど
なるほど、これは、その心のうちに果てしない悲しみの因果を抱えながら
決して涙を見せない人たちの話だ。
出所後の小戦の言葉。
幼馴染にして最初の恋人、毛毛(マオマオ)が秋生のもとから去っていった理由が切ない。