「神様のカルテ」ドラマ感想
放送 2021年2月15日~3月8日 テレビ東京
原作 夏川草介
出演 福士蒼汰
最近、この作品の原作者である夏川草介さんの「はじまりの木」を読んで、
心惹かれるものがあって。
「神様のカルテ」の方の原作は実は読んでなくて。
櫻井翔主演の映画は観たんですがね。
まあまあ良かった印象は残ってるけど詳細は忘れたという感じで。
あれが2011年ですか・・・。
今回、テレビ東京系で2時間×4夜の大型スペシャルドラマとして放送されたもの
録画して観ました。
なぜ今これなんだ?という思いはあれど・・。
さて。
「はじまりの木」を読んだからこそ分かったのはこの原作者が描きたいのは、
どうやら人の心の話だという事。
医療ものとして観ると、365日24時間対応の夜間救急病院を舞台にしている割にはのんびりした印象でリアリティがないとも言えますが、
この人の話は人の心の内側の現実を真摯に描いていると思います。
キャッチコピーは
医師の話ではない。人間の話をしよう。
です。
第一夜は。
風吹ジュンふんするがん患者との話がメインですが、
そんな中、夏目漱石を敬愛、話し方が古風で周りからは変人扱いされている主人公内科医・栗原一止(福士蒼汰)。通称ドクトル。一止の妻の榛名(清野菜名)。一止と榛名が暮らす「御嶽荘」の住人で年齢不詳の売れない画家、男爵(大倉孝二)。もう一人の住人で信濃大学大学院文学部に在籍しているという“学士”こと橘仙介(岡山天音)。
らとの交流がほんわかと描かれていきます。
ERやグレイズアナトミーなどの海外医療ドラマと比較してしまうとなんとも生ぬるい
ジャパニーズ医療ドラマのように思えますが。その比較はまったくのお門違いです。
はなからジャンルが違うのです。
中盤、学士こと橘は実は大学に合格できず、そのことを母に言えないまま大学に行っているふりをし、8年間仕送りをもらい続け、結局打ち明けることも謝ることもできず母は他界していて。
そのことを苦に自殺を図ろうとした橘に栗原は言います。
「学歴がなんだ。貴君の探求心は本物である。ニーチェを語るときの博識は他を圧して余りある。高卒?大卒?学問を行うのに必要なのは何だ?学歴ではない、気概なのだ。体裁ではない、熱意なのだ。なにを恥じる必要がある!ない!ない!3度言う!ない!」
いや・・。これは語りだしたら長~く長―くなりそうなので、以下はそれぞれの回の名セリフを紹介してまとめます。
第二夜。
東京の大学病院で働いていた医学部時代の同期の進藤が新たに赴任してきます。
進藤は担当患者をほっぽって定時に帰宅する医者になっていて・・。
それに苦言を呈す栗原に進藤は言います。
「君はこの病院で1年で3日も休んでないそうだな。医者にはまともな食事も睡眠も許されない。それでいいのか」
「そんな理不尽は百も承知で医者をやっている」
「君の奥さんはそれで納得しているのか?日本の医療は医者とその家族を犠牲にしてやっと成り立っている。僕らの良心に無理強いしてやっと面目を保っている。そんなの狂ってる」
中略
「ほんの数か月の産休で千夏は(進藤の妻も医者)浦島太郎になった。千夏は遅れを取り戻そうと必死に頑張った。けど過労で倒れた。たった1日休んだだけで担当していた白血病の子供の親に責められた。医者なら患者のために命懸けで働け。病院は千夏を治療チームから外した。千夏の中の何かが壊れた。夏菜(進藤たちの娘)をベビーシッターに任せて何日も病院に閉じこもるようになった。替わりに僕が早上がりして夏菜をみた。僕たち夫婦は言い争いが絶えなくなった。やっぱり医者は医者である前に一人の人間なんだ。
僕は辞表を提出して夏菜を連れて信州に帰った。
千夏はいまも帝都医大で医者を続けているよ」
中略
「だから僕はここで僕のやり方を通す。母親のいない小さな娘を何があっても優先させる。
時間外の電話には出ない。呼び出しにも応じない。回診も短く済ます。延命治療を望まない患者の臨終を看取るのは他の医者に任せる」
それに対し栗原は言う。
「良心に恥じぬという事が我々のたしかな報酬である。医学部時代の私たちの好きな言葉だった。不眠不休の理不尽極まりない医療の現場に身を置いた時、何を心のよりどころにするか。お前はソレンセンの言葉を引いて私に言った。
おのれの良心に恥じぬという事が医者のたった一つの報酬だ・・
俺は覚えている。お前は覚えているか?」
第三夜。
誤診により患者に必要のない切除をしてしまった栗原は、信州の大学病院で勉強しなおす決意をする。その送別会の後、内科医部長板垣(北大路欣也)とサシで酒を交わす席で。
「なあ栗ちゃん。医者にとって一番大事なのは何だ?」
「(栗原ナレーション)酔いの覚める質問である・・・・」
「医者は足りねえ。特に病院でお年寄りを延々と見守る医者が足りねえ。
当直。急変。呼び出しで疲れ切った連中は非常勤になるか開業するか。現場から距離を置いちまう。だからいつまで経っても医者が足りねえんだよ。なあ栗ちゃん。医者にとって大事なのは続けることだ。地方病院だろうが大学病院だろうがどこだろうが関係ない。
医者を続ける!
これが一番大事なんだよ」
第四夜。
大学病院に移って4年。伏魔殿の中で何とか生き抜いていた栗原だが、ついにパン屋というあだ名の准教授に逆らってしまう。
「パンの話はもう結構です!宇佐美先生。私は患者の話がしたいのです」
これによって左遷を覚悟した栗原だったが意外にも来季の人事異動では班長に任命される。
そこでの水島教授の言葉
「大学病院には様々な医者が集まっている。実にバラエティ―豊かで、まとまりのない、
まとまり切れない集団だ。私はねえ栗原君。多くの医者が一丸となった医局よりまとまり切れない困った医者がたくさんいる医局のほうが優れた医療を提供できると信じている。
宇佐美君はこれからもパンの話をするだろう。君はこれからも患者の話をしなさい」
これは医療現場だけの話ではないですねえ~。
栗原を演じた福士蒼汰には一部酷評的な記事も見かけたけど・・
心に迫るものありましたよ。
それこそ福士さんに言ってやりたい
「誰になんと言われようと恥じることはない。栗原一止の心がちゃんと伝わったよ」
と。
久々、日本の民放。素敵なドラマでした。